特集:
2008/05/18 日記<いすゞ・ジェミニ>
いすゞ・ジェミニ
ジェミニ (Gemini) は、1974年から2000年までいすゞ自動車で製造(3代目まで)・販売されていた乗用車である。1993年からは、OEM供給による販売となっていた。販売休止後の2年後(2002年)にはいすゞは乗用車事業から完全撤退(休止)している。
概要
初代「PF型」は、提携先のゼネラルモーターズ (GM) の「ワールドカー構想」に基づく世界戦略車のひとつ、「Tカー」であった。オペル|オペル・カデットをはじめとして各国で姉妹車が生産されていた。2代目「JT0型」と3代目「JT1型」は、GMの「Rカー」としてOEM生産(相手先ブランド供給)を視野に入れ自主開発されたモデル。特に2代目は、いすゞの乗用車史上最大の販売台数を記録。しかし、3代目へのモデルチェンジでは一転して販売台数が低迷した。業績悪化により4代目以降は自社開発を断念、本田技研工業|ホンダのOEM供給を受けることとなり、供給モデルの絶版に伴い5代目で販売を打ち切った。
歴史
初代(PF50型、PF60型、PFD60型)
1974年11月登場。形式名は1974年に登場した1600ccガソリン車がPF50型、1977年に登場した1800ccガソリン車がPF60型。そして1979年に登場した1800ccディーゼル車がPFD60型となっている。GMがいすゞ・ベレット|ベレットの生産継続を主張したのに対し、いすゞは市場性の見地よりモデルチェンジ (自動車)|モデルチェンジを要望、その結果、オペル・カデットを原型とするGMの世界戦略車構想の「Tカー」をベースにする事が決まった。ボディーサイズは、カデットをベースにした為べレットより一回り大きくなり、いすゞ・フローリアン|フローリアンとの関係が不明確となった。「ふたご座」の英名である「ジェミニ」を名乗った。ただし、ベレットの後継車としての位置を明確とするため、1975年までは「ベレット・ジェミニ」と称していた。「Tカー」はオペル・カデットのほかに、シボレー|シボレー・シェベット、ポンティアック|ポンティアック・1000など世界中で姉妹車が生産されていた。ボディタイプは4ドアセダンと2ドアクーペの2種類。当初は1600ccシングルキャブのSOHCエンジンを搭載したPF50型のみのラインナップであったが、ベース車両となったオペル・カデットそのままに逆スラントノーズを採用し、直線を基調にした欧州風のボディデザインとなった。前照灯|ヘッドライトは、オリジナルは丸目2灯であったが1977年6月に角目2灯に変更。1979年にジェミニ単独のモデルチェンジ (自動車)|フェイスリフトが行われスラントノーズ形状に変更、ヘッドライトも丸目2灯に戻った。後に異型2灯に変更される。1979年に大幅なボディデザインの変更を受け、ディーゼルエンジン搭載車と1800ccDOHCガソリンエンジン搭載のホットモデル「ZZ」(ダブルズィー)シリーズが追加された。また車名表記も「Gemini」から「GEMINI」と変更されている。このディーゼルエンジンモデルは「第二次オイルショック」の時期と重なったことで、低燃費車として脚光を浴び、1982年には世界初の電子制御式ディーゼルエンジンモデルも登場した。このため、後期型の初代ジェミニは「80年代のディーゼル車」とも言われるように、ディーゼル乗用車の代表として広く認知される。1985年に2代目の「FFジェミニ」が登場したのに伴い、同年販売終了。ただし、1800ccDOHCエンジン搭載のスポーツモデル「ZZ」シリーズのみは2代目に「イルムシャー」仕様が追加される1987年2月まで生産継続された。初代ジェミニの総生産台数は768,537台(いすゞHPより)。機構
駆動方式は二輪駆動#FR(フロントエンジン・リヤドライブ方式)|後輪駆動。エンジンは当初1600ccSOHCの「G161型」のみであったが、1977年6月より1800ccSOHCの「G180型」が追加。さらに、1979年のビッグマイナーチェンジ時に1800ccDOHCエンジンと1800ccディーゼルエンジンが追加された。組み合わされるトランスミッションは当初4速マニュアルトランスミッション|MTのみでスタートするが、1975年に3速オートマチックトランスミッション|AT 、1976年に5速MTが追加された。サスペンションは前輪がダブルウィッシュボーン式サスペンション|ダブルウィッシュボーン式、後輪が3リンク・コイルスプリング式で、ステアリングはラック・アンド・ピニオン式を採用していた。
年表
前期(逆スラントノーズ)型
後期(スラントノーズ)型
* 1979年6月 ビッグマイナーチェンジを受け、フロント部分は通称「逆スラ」からサイドマーカー付きのスラントノーズに変更され、ヘッドライトは銀縁の付いた角目2灯(一部のグレードは丸目2灯)に変更。リアテールレンズは大型化された。1800ccガソリン車クーペに「ミンクス」を追加。またチルト付サンルーフを国産初の試みとしてオプション設定した。このスラントノーズを採用したデザインはホールデン・ジェミニ、セハン・メプシ(後の大宇・メプシーナ)が採用。ジェミニ系車種のベースとなった姉妹車オペル・カデットは採用しなかった。
2代目(JT150・190・600)
2代目は1985年5月、発売された。型式名は1985年に登場した1500ccガソリン車がJT150型、1988年に登場した1600ccDOHCガソリン車がJT190型。そして1500ccディーゼルと1500ccディーゼルターボ車はJT600型。GMの世界戦略車構想の「Rカー」として、「クオリティ・コンパクト」というコンセプトで、いすゞが単独開発した(Rカーは1984年11月よりGM向けに供給を開始)。駆動方式は二輪駆動|前輪駆動を採用。当初は初代(PF60型)の「ZZ」が併売されていた関係で、「FFジェミニ」と称していた。ボディサイズは小型車クラスから大衆車クラスへとサイズダウンされた。いすゞ・117クーペ|117クーペ以来17年ぶりのいすゞオリジナル設計の乗用車で、モデルチェンジにあたり、いすゞ・アスカ|アスカとの競合を避け、なおかつ米国市場をも意識して初代より一回り小型のクラス(現在のBセグメント)をターゲットとし、居住性と取り回しの良さを得るためにFF化、パワーステアリングやサーボブレーキなど特に操縦性を重視した設計とされた。このコンセプト内容は、かつて次期ベレット構想時にも検討されていた。ボディデザインは有名デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロ|ジウジアーロが手がけた。ボディタイプは4ドアセダンと、先代の2ドアクーペに代わって3ドアハッチバックが設定された。1987年2月に1回目のマイナーチェンジ。特に大きな変更を受けたのはフロントマスクで、方向指示器|サイドマーカーをサイドに回りこませた、通称「つり目」といわれるフォグランプ一体の異型前照灯|ヘッドライトを採用、同時にグリル形状も変更された。室内も見直しが行われ、インパネやクラスタースイッチの形状変更などが行なわれた。また、これと同時に先代ジェミニ(PF60型)の製造が終了。差別化の為に付いていた「FF」と言う冠が取れ、「ジェミニ」になった。1986年には専用の電子制御式ターボ付き1500ccガソリンエンジン「4XC1-T型」を搭載し、足回りを旧・西ドイツのイルムシャー社がチューニングした「イルムシャー」仕様が登場。1988年 には、1600ccの4バルブDOHCエンジン「いすゞ・4XE1|4XE1型)を搭載し、足回りをイギリス|英国のロータス (自動車)|ロータス社がチューニングしてBBSホイールをオプション設定(ZZ-SEのみ標準装備)した「ZZハンドリング・バイ・ロータス」仕様が追加された。のちに同じエンジンを搭載した1600cc「イルムシャー」も追加される。「イルムシャー」は高い走行性能を有するヨーロピアン・スポーツ車として、「ZZハンドリング・バイ・ロータス」は高性能ながらも落ち着いた操縦性を有するラグジュアリ・アダルトスポーツ車としての性格付けがなされていた。また、いずれも前席にレカロ社製のセミバケットシートを標準装備していた。そして1989年2月に2回目のマイナーチェンジ。サイドマーカーの位置がフェンダー (自動車)|フェンダー部分に変更され、セダンのみ後ろ周りのデザイン変更が行われ、ナンバープレート (自動車)|ナンバープレートの位置が、トランクリッド部分からバンパー中央部分に移動されているこのナンバー位置は3代目のセダンに引き継がれている。2代目はトヨタ・カローラや日産・サニーなど、強力な競合車種が存在する大衆車クラスに変更された関係で、当初は販売面が憂慮された。しかし、「街の遊撃手」というキャッチコピーそのままに、ジェミニがパリの街並みを踊るように駆け抜けていくテレビコマーシャルメッセージ|CMが評判を呼び(当時の世界最高レベルのカースタント技術が使われていた)、カラーバリエーションも豊富で、一時は月間販売台数でカローラを抜くほどの販売台数を記録した。2代目の総生産台数は 748,216台(いすゞHPより)。
グレード
グレード展開は当初「C/C」を基本グレードとして、実用仕様の4ドア「T/T」と3ドア「D/D」の実質2種類だった。その後、スポーツモデルの「イルムシャー」、「ZZハンドリング・バイ・ロータス」が追加。また、1988年には「C/C」の上級モデルの「G/G」が追加された。他にも「パティオ」、屋根がキャンバストップになった「C/Cユーロルーフ」、レカロシート装備のターボディーゼル「S/S」、特殊架装のピックアップモデルである「ドゥエドゥ」、ガソリン・ディーゼル共にNAVi5モデルなどが設定されていた。
機構
駆動方式は前輪駆動を採用している。搭載されたエンジンは1500ccSOHCの4XC1型および同ターボ付の4XC1-T型、1600ccDOHCのいすゞ・4XE1|4XE1型、1500ccディーゼルの4EC1型および同ターボ付の4EC1-T型。組み合わされるトランスミッションは当初、5速MTと3速ATでスタートしたが、1986年にコンピューター制御の5速オートマチックであるドライビングロボットこと「NAVi5」を搭載したモデル車が登場した。サスペンションは四輪独立操架で、前輪にマクファーソンストラットコイル式、後輪にコンパウンドクランクコイルを採用。また、スポーツモデルの「イルムシャー」仕様にはメーカーオプション扱いでビスカス式ディファレンシャル|LSDの装備も可能だった。ステアリングはラック・アンド・ピニオン式。パワーステアリング仕様も選べた。また、ブレーキには全車サーボが標準装備されたのも特徴の一つである。
年表
初期型
中期型
最終型
3代目(JT151・191・641)
3代目は1990年3月登場。ボディサイズは2代目よりも拡大され、競合車種のトヨタ・カローラや日産・サニーなどとほぼ同じになっていた。形式名は、1500ccガソリン車がJT151F型、1600ccDOHCガソリン車がJT191F型、1600ccDOHCガソリンインタークーラー付きターボ四輪駆動|4WD車がJT191S型、1700ccディーゼルターボ車がJT641F型、同4WD車がJT641S型。これらにホットモデルとして「イルムシャー」仕様および「ZZハンドリング・バイ・ロータス」仕様がラインナップされている点は先代と変わらない。その中でもハイパワーエンジン+フルタイム4WDを搭載したJT191S型は「イルムシャーR」を名乗る最上位ホットモデルである。デビュー当初4ドアセダンのみの設定だったが、1990年9月にクーペが、翌1991年3月に3ドアハッチバックが追加されている。セダンは北米市場で「いすゞ・スタイラス」の名称で販売された。また、派生車種として、米GM社のジオ (自動車) |GEOブランド向けに、フロントフェイスが異なる2ドアクーペ「ジオ (自動車)|ジオ・ストーム(日本ではヤナセで販売されていたいすゞ・PAネロ|PAネロと同デザイン)が販売されていた。ジェミニクーペ、ハッチバックはこの「ジオ・ストーム」をフェイスリフトしたモデルとなっている。またストームはその後、2代目いすゞ・ピアッツァ|ピアッツァのベースになっている。3代目は技術的に特徴が多く、販売当時ジェミニシリーズが活躍していたラリーフィールドを意識した設計が施されている。「カプセルシェイプ」と銘打った一体型ボディ構造を持ち、強度重視で厚い鉄板を使用したため、当時の1600ccクラス車としては車重は重い部類に入る。足回りではリアサスペンションに、ストラット式サスペンション|ストラット式をベースにトーコントロール機構を持たせた四輪操舵|4WSの一種である「ニシボリック・サスペンション」が採用されたことが挙げられる。しかし、自動車評論家を招待して満を持して行なわれた試乗会では、サスペンションを誇張するチューニングをした試乗車を用いたため、「腰砕け」や「後席に座ると酔う」などの酷評が相次いだ。とは言うものの、レースシーンでの評価は高く、特に日本の国内ラリーシーンにおいては"FF車ベースなのにFR車的なドリフトが出来る"と好評であった。現に1991年、 1992年の全日本ラリー選手権では連続でクラス優勝に輝いている。デザインは中村史郎を中心にいすゞ社内でまとめられたものであるが、GMの意向が強く影響した点は否めず、欧州車の味わいが売りであったいすゞ車では異例の、アメリカンなデザインとなった。しかし、リアプレスドアがCピラーを兼ねるなど、他に例を見ない斬新なデザイン処理も見られる。1500ccガソリン車の動力性能は著しく向上したが、肥大化した車体や、グリルレスのフロントフェイス、前が見づらい運転ポジションなど、従来からのいすゞユーザーから不評を買い、ディーラーからも「先代の客に代替で試乗させると売れない」などの声があった。さらに、販売面で重視したはずの米国市場でも販売が振るわず、結果的にこの不振が、いすゞの乗用車事業撤退の決定要因になったとも言われている。1993年7月限りで生産終了。3代目の総生産台数は 406,625台(いすゞHPより)。機構
駆動方式は前輪駆動だが、イルムシャーR仕様と一部のターボディーゼル車については4WDを採用している。エンジンは1500ccSOHCの4XC1型、1600ccDOHCのいすゞ・4XE1|4XE1型、同インタークーラーターボ付、1700ccディーゼル4EE1型、同インタークーラーターボ付の5種類が搭載された。特に、4XE1インタークーラー付きターボ仕様(180PS)は、ホンダシビックタイプRのB16Cエンジン(185PS)が登場するまで1600ccクラス最強のエンジンであった。組み合わされるトランスミッションは5速MTと電子制御式4速AT。サスペンションは四輪独立操架で、前輪がマクファーソンストラットコイル、後輪にはパラレルリンク・ロアアームのストラット形式をベースにナチュラル4WSと称したトーコントロール機構の一種であるニシボリック・サスペンションを装備する。ステアリングはパワーステアリング付ラック・アンド・ピニオン式。ブレーキにサーボが標準装備されている点は先代と同様だが、本車はこのクラスではめずらしく全グレード前後輪ともディスクブレーキとなっている。そのほか、ガソリン車の排気系パイプ類にステンレス材を採用したり、「C/C-X」以上のグレードにヒーター付きドアミラーを標準装備するなどコストを掛けたつくりとなっている。シートは先代のJT0型を踏襲した「ファニチャーシート」と呼ばれるヨーロピアンテイストのデザインだが、クッション硬度を上げたり、前後部別のハイトアジャスターを装備するなどより人間工学に配慮したものとなっていた(「C/C」シリーズのみ)。スポーツ系グレードの前席には先代同様、レカロ社製のセミバケットシートを標準装備していた。
年表
前期型
中期型
後期型
4代目(MJ1・2・3)
1993年8月30日発表、同年9月3日発売。いすゞ自動車が乗用車の自社生産から撤退したため、4代目以降は本田技研工業|ホンダよりホンダ・ドマーニ|ドマーニのOEM供給となり、ボディタイプは4ドアセダンのみとなった。なお、ホンダで設定されていた1800ccDOHCエンジン搭載車は供給されなかった。先代よりラインナップが縮小され、ジェミニの売りだったホットモデル(イルムシャー/ハンドリング・バイ・ロータス)やディーゼル車は廃止された。不評だった3代目と比較して「デザインは先代よりもジェミニらしい」「運転ポジションが悪かった先代より前が見やすい」という意見もあった。折からのセダン車両の販売不振や広告展開も殆どされなかった事からこのモデル以降、地味な存在の車となった。だがドマーニ自体も売れ行きが芳しくないモデルであったため、OEM車両としてはそこそこ売れた口でもある。型式名はE-MJ1(1600FF・ドマーニ「E-MA4」に相当)とE-MJ2(16004WD・ドマーニ「E-MA6」に相当)の2種類。グレードは「1600G/G」ドマーニ「1600Vi」に相当、「1600C/C」ドマーニ「1600Ri」に相当、「1600C/C 4WD」ドマーニ「1600Ri-F」に相当。仕様はドマーニと殆ど同じだが、若干の違いがあった。ドマーニの「1600Ri」「1600Ri-F」は175/70R13が標準だったが、ジェミニの「1600C/C」「1600C/C 4WD」は175/65R14が標準とされたドマーニもABSを装備した場合には175/65R14等。ボディカラーは『フロストホワイト』『ボーグシルバー・メタリック』『ハーバードブルー・パール』『ローザンヌグリーン・パール』の4色白とシルバーはドマーニと共通だが、紺と緑はドマーニに設定されていた色ではなく、ホンダ・シビックフェリオ|シビックフェリオに設定されていた色である。。1994年5月24日 一部変更。ベース車のドマーニと同じデュアルポンプ式4WDを採用。「1600G/G」にオートアンテナが標準装備。「1600C/C」のAT車に「助手席エアバッグ+ABS」をオプション設定。1995年1月31日 VTEC-E(リーンバーン)エンジン搭載の「1500C/C」(型式・E-MJ3)を発表(発売は2月3日)。本家のホンダ・ドマーニに前年(1994年)2月追加されたVi-Eフォンテーヌ(型式・E-MA7)に相当する車種。旧ジェミニ保有の約半数を占めるディーゼル車ユーザーの代替ニーズへの対応車種として設定された。1995年10月13日 マイナーチェンジ(発売は10月21日)。リヤの「ISUZU」と「GEMINI」のマークデザインを変更。フロントドアの「GEMINI」のステッカーは樹脂製のエンブレムに変更。14インチホイールカバーのデザイン変更(13インチは従来どおり)。「1500C/C」はベースモデルの「ドマーニVi-Eフォンテーヌ」と同様に、CDチェンジャーコントロール機能内蔵AM/FM電子チューナー付カセットステレオが標準装備となり、ドアミラーとドアハンドルがボディ同色となった。ボディカラーは『ハーバードブルー・パール』『ローザンヌグリーン・パール』が廃止され、『ファントムグレー・パール』『サイプレスグリーン・パール』『ダークアメジスト・パール』を設定、等。5代目(MJ4・5・6)
1997年2月 フルモデルチェンジ。ベースにしていたホンダ・ドマーニがモデルチェンジしたために代替わりした。前後ウインカーの色や、フロントグリルの形状は、ドマーニよりもカナダで製造・販売されていたアキュラ・EL(初代)の前期型に近い外観である。2000年9月 シビックのフルモデルチェンジに伴いドマーニ廃止。ジェミニも販売を打ち切り5代目で絶版となった。車名の由来
英語でふたご座を表し、いすゞとGMの協力で誕生したことから、両者のパートナーシップをふたご座に例えて命名。ちなみに「Tカー」の中、アジア・オセアニア地域におけるオペル・カデットをベースにした車種は、Geminiの名称でいすゞの他に、韓国・セハン自動車(当時、現在のGM大宇)後に車名はメプシ(Maepsy)を経てメプシーナ(Maepsy-Na)に改名。、豪・ホールデン (自動車)|ホールデンでも販売された。
CM
初代
2代目
「ジェミニダンシングシリーズ」。パリの町並みの中を、「花のワルツ」などをはじめとするクラシック音楽の名曲の旋律に合わせて、2台のジェミニがまるでワルツを舞うかのようにジャンプや旋回を繰り返したり、何台ものジェミニがぴったりと寄り添って一糸乱れぬ動きを繰り広げる、アクロバティック(ジムカーナ)なCM。当時はコンピュータグラフィックス|CGや合成等の映像技術がまだ発展途上だったこともあり、カースタントによる実写で行われた。CM業界で今もって語り草の伝説的なCMのひとつでもある。キャッチコピーは、「''街の遊撃手。''」(句点が付かない場合もある)。コピーライターは、佐藤康明。1987年から。カースタント監修は、レミー・ジュリアン(:en:R?my Julienne)。* 第1弾:1985年(昭和60年)5月 - 12月頃…誕生・セーヌ川編 - 曲名不明
第7弾の30秒バージョンから10〜20秒前後付近の映像を使い、上記バックグラウンドミュージック|BGMを流した同時ターンバージョンと2台併走している途中で突然1台が360度スピンターンする単独ターンバージョンの2種類ある。
3代目
脚注
関連項目
外部リンク
社団法人自動車技術会の学生対象Web情報誌 『MotorRing(モーターリンク)』( " ring " は、ドイツ語で「仲間」の意味) No.15 - 2002年10月25日発行 に掲載された文章。
TrackBack-Ping-URL:
■ いすゞ・ジェミニ関連グッズ&新製品
- アマゾンで探す
- 楽天で探す